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みっちゃん日記

断捨離の功罪? (2018.6.12)

色々捨てる物が出て来たが、取るに足りない手帳や友からの手紙など、面白い物もいくつかある。一つは高校を卒業してとある会社のOLになっていた頃、色々と悩みが出て来てあれこれとその思いを書き綴った小さな手帳。その中に卒業の時に担任の恩師I先生がが黒板に「竹」の絵を描いてくれたことが記されている。「人生は竹のようなもの。淡々とした生活の中にはその人の成長を促す節がある。その節に行き当たった時、あなたは逃げてはいけない。強く事に当たりなさい。」おおお、そうだった。未だにあの黒板の絵は覚えているし、その時の先生の表情や口調までもが思い出される。若き頃、どうやらおまじないのように、この言葉を座右の銘として時折思い出していたようだ。

そしてもう字も消えかかっているが、結婚してすぐアメリカに渡った友人Kさんの小さな字がびっしり書かれた手紙も出て来た。これは本人に見せてあげたいなあ。この長い手紙には、友人の紹介で結婚。そのお相手の方のお仕事の関係で1年間海外に住み始め、不安な中にも少しずつ妻としての自覚に目覚めていってる若き女性の赤裸々な言葉がつづられている。ご本人と言うより、ご子息に読んで欲しいような内容だ。

今、手帳はぽいっとくずかごの中。手紙は、、、、保留。

半世紀以上前の手帳は、かび臭く、雑な字は覚えがないほどに稚拙。もし、断捨離しなければ多分死ぬまで目に触れなかったというしろものだ。が、これも自分だ。希望を持って就職し、必死で仕事を覚え、先輩などとの人間関係に揉まれ、社会の仕組みの中で翻弄され、悩み、正義と罪の意識の狭間で混沌とし、自分が何ものかと煩悶し続けた青春時代。それでも一生懸命だったあの頃。、、、その上に今の自分がある。これはれっきとした事実。この発見はまるでそんな時代が無かったかのように生きている今の自分への警鐘かも知れない。

 

今回遂にリュックサックを購入した。小旅行の予定があり、そのための物。ところが、断捨離したお陰で、バッグinバッグが無くなっていて、ちと不便だということに気付いた。しまった、あれは残しておけば良かったと思っても後の祭り。ま、しゃあない。こういうことも起きる。

だけど、なんとなく生活がすっきりしてきたのも事実。まだまだ捨てるべき物が多々あるが、まあ、徐々にやっていこうと考えて居る。



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