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みっちゃん日記

今宵は夜更かし。 (2018.6.28)

先日FMのゲストの方から紹介してもらったテレビ番組を録画して観た。最近亡くなった高畑勲というジブリの演出家の特集だったが、この人の事を全くと言って良いほど知らなかったが、凄い生き方をした人だった。彼の講演会の模様が取り上げられていたが、その中に、「永瀬清子の詩」に関する部分があり興味を持った。それは反戦を歌ったものだったが、平易な言葉の羅列でストンと胸に落ちるような表現だった。彼の作品や人生に大きく影響を与えたという。

もともとアニメ自体が好きではなかったから、その世界を余り知らなかった。余り、というのはそう言いながらも何作かは観ているからだ。

で、今までは矢張りアニメは薄っぺらな感じが否めないという考えだったが、この人の話の中に次の様なものがあった。「私は主張したいものを持っていて、それを出来るだけ単純化してストレートに伝えたい。生身の人間ではなしえない単純な表現を必要としてきた。」というような意味のことを話していた。これを聞いて、なる程、そういうことか、と膝を打つ思いだった。確かにそうだ。例え子役であっても、人間が演ずるとなると、そこにその子の持つキャラクターが顔を出す。それは必要無い、と言い切るのだ。

アニメは嫌いと言いつつも、観ると必ず涙して、感動するのが常だったいくつかの作品。そういうことだったんだ。立派な大人が満身創痍で製作に取り組む意味が初めて分かった。

確かに、人間が演じると、その演技力でその役が大きくなったり小さくなったりするし、色も変わってしまう。同じ作品でも全く違う作品に思えてしまうのはざらにある話しだ。それをこそ面白いとこれまで思って来たが、作者の思いを、それのみを伝えるには邪魔になる個性かも知れない。、、、それ程に強烈な「伝えたい事」を持ち続けて制作に取り組んできたのが、高畑勲という人だったんだ。

その思いは、「平和」への願いだ。自身が幼児期に体験した空襲がその原点だそうだ。なるほど。

日本には偉大な人が沢山いるもんだ。

 

いよいよあと30分ほどで、日本三回目のサッカーが始まる。それほどのフアンではないが、ま、ワイン片手に観るとしようか。



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